私たちは関わる全ての人々の希望のひかりになりたい
大阪府枚方市 / 株式会社ひかり
「軸は利用者さん」
代表の宮田さんと話していると、いつも自然と出てくる言葉。
言うのは簡単だけれども、体現し続けるのは、そう簡単ではない。
実は、代表の宮田さんとは2022年の8月からの長い付き合いである。
宮田さんがスタッフから相談を受けたとき、いつも利用者さんを軸に判断しているのを私は知っている。
たとえ経営的に一切プラスにならなかったとしても、その判断軸はブレることがない。
スタッフ教育にも力を入れている。
毎月全体で勉強会を行い、個別で月に1回、リーダー育成研修も行っている。
通常、勉強会や研修を行うほど訪問が入れられなくなるため、売り上げが下がることから、儲けを重視する事業所で、そのような機会が設けられることは少ない。
そのような宮田さんのもとに集まってくるスタッフは、利用者さん想いの人が多い。
スタッフ同士で日々カンファレンスを行いながら、利用者さんへの最善を常に考えているそう。
「こんなに利用者さんに向き合っているところ、 他にないと思う。」
働いているスタッフから、こんな感想が出るほどである。

作業ではなく、看護を
宮田さんは、いつも作業ではなく看護をすることをスタッフに求めている。
清拭、入浴介助、服薬セット、排便ケアなど、それだけをやることは看護ではなく作業。
決められたことを最低限やるだけでは、看護ではなく作業。
利用者さんが大事にしていることを無視し、医療者の正解の型にはめようとすることは看護ではなく作業。
背景、その人らしさ、家族関係、性格、大事にしていること、訪問看護に求めていることなどを把握しようと努め、関係者と積極的にコミュニケーションを取り、利用者さんの利益のために考え、提案する。
看護を作業にしないためには、このような「相手を理解しようとする姿勢」 と 「その人の生活に寄り添う想像力」 が欠かせない。
宮田さんは、常に看護を大切にしているため、作業と看護を見極めるセンスに非常に長けている。
しかし、スタッフにそれを伝えるときの求め方、諭し方はいつも優しく温かい。

依頼されたことに+1の価値を
ひかり株式会社では、関係者から相談されたことに対して、できるだけ力になることを大切にしている。
例えば、依頼されたなかで訪問看護で力になれないことだったとしても、調べて相手に情報を教えたり、制度に関する相談を受けるだけで直接依頼につながらないようなことでも、快く丁寧に答えているそうだ。
なぜ、そのようなスタンスなのか問うと、このような答えが返ってきた。
売り上げにつながるかどうかではなく、地域の相談の窓口になって、なんでも気軽に相談できる存在になることで、地域で訪問看護を必要としている人に必要なケアが届くことが大切なんです。
非常に広い視野で物事を見ている。
根底には、「困っている人がいたら助ける。」という宮田さんのスタンスがあるように思う。
たとえ同業者であっても、起業したての人が困っていたら自分の持っているノウハウや情報を惜しみなく提供している姿を私は何度も見ている。
包括を巻き込んで地域の相談窓口を作りたい
将来、宮田さんは地域包括を巻き込んで地域の相談窓口を作りたいという。
そこには、医療福祉を必要としている人に適切なサービスが届いておらず地域の人が困っているという問題意識がある。
カフェのように立ち寄りやすい場所で、自然と地域の人たちが集まり、そこに医療福祉の関係者がいて、医療や福祉にアクセスしやすくなる。
日常の延長線上で関わりが始まり、「困る前に立ち寄れる」場所であるからこそ、予防的な関わりや、その人らしい生活の継続につながる。
地域包括支援センターや行政だけでは担いきれない部分を、ゆるやかに補い合えるような仕組みを宮田さんは思い描いている。

会社の売り上げにはつながらなくても、利用者さんの利益、スタッフの利益になることを
宮田さんは、会社の売り上げを上げることにこだわっていない。
もちろん、経営のことは考えるが、それよりも大切にしていることがある。
利用者さんの利益と、スタッフの利益のことだ。
売り上げにつながらなくても利用者さんの利益、スタッフの利益になると判断したことには積極的に取り組む。
その根底には、関わる利用者さんに「ひかりに来てもらって良かった」と感じてほしい、働くスタッフに「ひかりで働いていて良かった」と価値を感じてもらえる会社であり続けたいという宮田さんの想いがある。

ステーション立ち上げの原点
宮田さんが訪問看護ステーションを立ち上げたいと思い立ったのは、退院支援をするなかで、“本当は家に帰りたい”という想いを持ちながらも、「家族に迷惑をかけてはいけないから」と想いを伝えられない患者さんや「家に連れて帰ってあげたいけど、家で見る自信がない」と悩むご家族と出会ったことに始まる。
「病院の外でもっとお手伝いできることがあるんじゃないかな?」
「もっとその人の願いを叶えてあげたい。」
病院で働くなかで、そういう想いが強くなっていったからだ。
宮田さんがステーションの場所を大阪府牧方市に決めたのは、関東大震災の時に自主避難を受け入れてくれた枚方市に恩返しをしたいと思ったからだそう。
ひかり株式会社の立ち上げには、宮田さんが看護師2年目の頃に出会った二人の患者さんの存在が大きく関わっている。
一人はがんの末期と診断された40代の女性。
毎日のように旦那さんがお見舞いに来る仲の良いご夫婦で、ご主人とベッドで寄り添い、いつも穏やかな表情だったそうだ。
担当だった宮田さんは、患者さんの残された時間を思うように過ごしてもらうために、プライベートをできるだけ守ってあげたかった。
旦那さんとの時間をできるだけ邪魔しないように、ノックして必ず返事があってから入室。訪室したときに可能な限り情報収集し、気になるときにはナースコールを使って様子を伺っていた。
しかし、最期が近づくにつれて看護師が訪室する頻度が増え、そのたびにご主人はベッドから慌てて降りて看護師が状態観察できるよう気遣ってくれる。
「患者さんの命の終わりがもうそこまで来ているのに、どうして患者さんとご主人は看護師に気を使わないといけないのか?」
「どうしてこんな狭いベッドで最期を迎えないといけないのか?」
「お家なら、いつも二人で寝ていたベッドでゆっくり最後の時間をゆっくり過ごせるんじゃないか?」
「患者さんとご主人は満足しているんだろうか?」
「看護師としてできることは他にないのか?」
いろんな疑問がもどかしさとともに押し寄せ、その答えは出ないまま数日後にご逝去された。
看護師でありながら自分はなんて無力だろうと痛感した経験だったそうだ。
もう一人は、がん末期で余命2週間と告知された70代の女性。
我慢強く、痛いときは我慢しないでほしいとお伝えしてもナースコールは一回も鳴らなかったそう。
そろそろ痛みが出てるんじゃないかと気になって訪室するとベッドでうずくまって眉間にシワを寄せて冷や汗が出ている。
宮田さんはどうしていいか分からず、ただそばにいて背中をさすったり手を握ることしかできなかったという。
そういう戸惑いを抱えながらも、自分のことは自分でしたいという本人の想いを尊重して関わった。
手伝う時には、手伝っていいか尋ねてから了承を得てからできないところを支援したり、把持力が弱まってきた時には、いつも大切にしていた赤いお守りの場所がずれてたら患者さんへ声かけて、元に戻すなどしてケアをしたそう。
娘さんは「大好きな母を家に連れて帰ってあげたいけど痛みが辛そうで連れて帰れる自信がない。」と廊下の隅で涙ながらに話し、その時、宮田さんは、ただ娘さんのお話を黙って頷いて聞くことしかできなかったと振り返る。
今、もしあの時に戻れるのなら、患者さんと娘さんに両手を差し伸べて
「一緒に帰りましょう。私たちがいるから大丈夫ですよ。」
と伝えたいと語る。
その二人の患者さんとの出会いを経て、「医療は誰のために、何のためにあるのか?看護の原点は何なのか?」という答えを探すため、「私たちは関わる全ての人々の希望のひかりとなる」という理念を掲げ、宮田さんはひかり株式会社を立ち上げた。

宮田さんと働きたくなった方は
ひかり株式会社では、大阪府枚方市でひかり訪問看護ステーション、ひかりケアプランセンター、ひかりナーシングホーム渚を運営しています。
現在、看護師、理学療法士、作業療法士、介護職員を募集しているそうなので、気になる方はHPを確認してみてください。
ひかり訪問看護ステーション
〒573-1164 大阪府枚方市須山町39-6
ひかりナーシングホーム渚
〒573-1178 大阪府枚方市渚西2丁目27-14

